アルコール消毒液が大増産でも店頭に並ばない意外な理由
アルコール消毒液が大増産でも店頭に並ばない意外な理由
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新型コロナウイルスの感染予防に万全を期したい気持ちはあれども、マスクと同じく、いまだになかなか手にできないのがアルコール消毒液だ。消毒液は、なぜこんなにも足りないのか。特集『日本企業 緊急事態宣言』の#11では、消毒液の流通を阻む“意外な犯人”を明らかにする。(ダイヤモンド編集部 新井美江子)
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● いつまでたっても全く足りない! 花王がついに通常の20倍の消毒液生産へ
2月は平時の約2倍、3月は同2.5倍――。日本全体でそれほど生産が増えているというのに、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う需要の爆発で一向に供給が追い付かないでいる製品がある。コロナの“撃退”に欠かせないアルコール消毒液だ。
というのも、消毒液は「もともとそんなに市場が大きい製品ではなかった」(経済産業省関係者)。そのため、数倍レベルに生産量を増やしたところで今のコロナ禍の下では「焼け石に水」(ドラッグストア幹部)なのだ。
例えば「ビオレu 手指の消毒液」などを生産する花王は、既存の自社設備や製造委託先の設備などをフル稼働させることで、2月は2019年の通常月と比べて2倍、3月は同3倍の消毒液を生産した。しかしそれでも全く足りず、他製品を生産していたラインを消毒液向けに転用するなど、消毒液を生産できる全ての工場での対応を決めた。
4月9日には、こうした措置によって、4月後半からは実に同20倍以上の生産量を確保すると発表。まずは政府の要請に従う形で医療機関や介護施設等の需要から対応するものの、「何とか一般家庭向けにも振り向けられるようになる」(花王)としている。
消毒液不足という一大事は政府も重々承知しており、経産省が関連設備の投資向けに補助金を用意するなど、国を挙げて生産増強を図っている。花王も「4月公募分の補助金を利用するとみられている」(政府筋)というが、もはやどこも供給量の増加に必死だ。
ただし今、消毒液が不足しているのは、消毒液メーカーの生産能力ばかりに問題があるからではない。むしろ、増産に当たってより懸念されているのは、消毒液の容器不足の方だ。
● 増産の前に立ちはだかる 新型インフル流行時の“教訓”
まず、消毒液を含む医薬品や医薬部外品の容器を手掛けるメーカーは数が少ない。同じプラスチックの容器を作るなら、市場が大きいシャンプーやコンディショナーの容器を作った方が割の良い商売だからだ。
かといって、シャンプーなどの容器を手掛けているメーカーには、消毒液の容器製造への切り替えに慎重なところが少なくない。09年に流行した新型インフルエンザの“教訓”があるためだ。
当時の消毒液メーカーの増産意欲は今の比ではなかった。新型インフルエンザに流行の兆しが表れた瞬間、一気に数十万本単位で容器の発注を掛けたメーカーがあったほどで、それまで消毒液用を手掛けていなかった容器メーカーもこぞって生産に乗り出した。
しかし、新型インフルエンザが終息すると瞬く間に消毒液は売れなくなり、行き場を失った容器は最後、インターネットで1円で投げ売りされるに至ったという。感染症の流行特需に左右される消毒液の容器製造はもうからないと身をもって実感した容器メーカーは、安易な“再参入”に今も慎重なのだ。
容器不足の現状は、花王が発表した消毒液の増産方法からも見て取れる。花王は今回、19年の通常月の20倍以上に消毒液を増産するに当たり、ビオレu 手指の消毒液に関して新たに詰め替え用の容器でも提供することを決めた。この決断で、生産量を同10倍強にまで引き上げることが可能になるという。さらに、「ハンドスキッシュ EX手指消毒剤」については、ボトルの一部の自社生産にまで踏み切る考えだ。
「消毒液の生産がどれだけ増えようと、主原料として使われることが多い発酵アルコールが不足することはまずない」(前出の経産省関係者)。サトウキビやトウモロコシから作られる発酵アルコールの用途は、酢やみりん、しょうゆといった食品や試薬など幅広く、消毒液はその一部を成しているにすぎない。いかに容器が消毒液増産のボトルネックになっているかが分かるだろう。
● ボトルネックはポンプとガンスプレー 輸入依存の脆弱性が明るみに
一方、容器の重要部品を輸入に頼っていることも容器不足の原因となっている。
実は、容器が不足していると一口に言っても、特に足りていないのは消毒液を噴射するポンプやガンスプレーだ。
ポンプやガンスプレーは中国やフィリピン、タイ、台湾などからの輸入に頼った製品だ。ポンプでいえば約20のパーツを組み合わせる必要があり、手間が掛かる割にもうからないため、海外生産に頼らざるを得ないのが実態なのだという。
これらの輸入が、コロナで滞った。代表的なのが世界でいち早く感染拡大の恐怖に直面した中国からの輸入分だ。東洋硝器でも、調達先である中国・浙江省の工場がストップし、1月末に納入されるはずだったポンプが3月頭まで遅れたという。
それでも、海外に太い調達先を確保している東洋硝器はまだましな方だ。ポンプにしてもガンスプレーにしても、今では順調に確保できる体制に戻ってきているからだ。これが消毒液用の容器製造に不慣れな容器メーカーになると、日本の販売会社を通してポンプを発注した場合、足元では納品までなんと半年もかかってしまう。通常ならば1カ月で済むというのに、だ。ガンスプレーでも状況は似たり寄ったりで、納品までに3カ月はかかるという。
ポンプやガンスプレーの調達先である海外メーカーには、日本企業同士の“有事における助け合い精神”など通用するはずもない。大量発注できなければ部品確保はままならず、ぽっと出の消毒用容器メーカーは、とてもではないが現在の需要には応えられそうにない。
ポンプやガンスプレー付きの“完全体”の消毒液の増産ペースが思うように上がらないのは、こうした理由が大きいとみられる。
だからこそ本来、消毒液メーカーは、消毒液の需要が爆発する前の1月ごろには、部品を輸入に頼る容器が不足することを見越して容器の地道な確保に動いていなければならなかった。
しかし、「消毒薬メーカーは、新型インフルエンザのときの痛い経験があった上、コロナを甘く見ていた節があり、今回は初動が遅れたところが多かった。あまりにも容器の発注が少ないから、容器メーカー側が『本当にそれだけでいいのか』と“進言”していたくらいだ。それでもしばらくはどこも大量発注に及び腰で、結局、『需要に供給が追い付かない。容器をどんどん回してくれ』と一斉に騒ぎ出したのは3月に入ってからだった」(消毒液業界幹部)。
新型インフルエンザのときに続いて、消毒液業界はまたも感染症に振り回されている。
問題は、ポストコロナの対応だ。新型インフルエンザやコロナのような深刻な感染症は、毎年流行するわけではない。しかし、いつかは必ず流行する。その都度、慌てふためき、消毒液の確保に大騒ぎするのか。
コロナが終息した暁には、今回の消毒液の急激な増産や補助金支出、消毒液確保に奔走する人的コストなどについて、消毒液関連企業や政府はもちろん、医療機関や介護施設もきちんと算出し、最適解に向けて真剣に対応策を考えなければならない。一般家庭もまた、“適正な備蓄”とは何なのかを改めて見直す必要があるだろう。