安倍総理、辞任。日本の政治を「空洞化」させた政権の7年半

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現代ビジネス

現状維持と空洞化

写真:現代ビジネス

 8月28日、安倍晋三内閣総理大臣が辞意を表明した。在任7年8ヶ月。佐藤栄作総理大臣の連続在任記録を抜き、歴代でもっとも長期にわたり政権を保持した行政の長になってから、わずか数日のことだった。 【写真】安倍の「次の総理」は誰がいいのか? 新聞記者100人が選んだ  忘れられてはならないのが、まさにこの瞬間も憲法53条に基づく臨時国会の開催要求がなされているということだ。安倍政権は「違憲状態」のまま辞めていったことになる。それは、ある意味では安倍政権にとっては実に「らしい」結末であったと言えるのではないか。  安倍総理にとって、憲法53条を無視することは珍しいことではない。2015年は要求を出されているにもかかわらず、慣例となっている臨時国会を結局開催せず、2017年も、要求を3ヶ月間放置した結果、開催日に国会を解散するという暴挙に出た。  この7年半、安倍政権は一貫して「改憲」を訴え続けた。しかし実態として彼がやったのは、このように憲法違反を常態化させることで憲法を空文化させ、憲法を変える必要がない状態を作り出すということだった。憲法改正というスローガンを掲げながらも、地に足のついた、正面を切っての改憲議論を進めることはなかった。  安倍政権が日本に遺したものとはなんだったのか。その問いに答えることは容易ではないが、こうした改憲をめぐる動きなどを見る限り、重要な側面として「現状維持と政治の空洞化」を指摘できるのではないだろうか。  この7年半、71歳の官房長官(菅義偉氏)も、79歳の財務大臣(麻生太郎氏)も、一度も変わることはなかった。幹事長は何度か交代したが、現在は「自民党史上最長」の幹事長を、81歳の大ベテラン(二階俊博氏)が務めている。  72歳で就任した麻生太郎財務大臣は、そのまま79歳になった。日本という社会は何も変わらないまま、ただ閣僚も、我々も、7年半分だけ歳をとっていった。ジェンダーギャップの解消、デジタルトランスフォーメーション、危機的な気候変動への取り組みなど、世界はこの7年半で劇的に変化した。変わらなかったのは、日本だけだったのではないだろうか。  だが、おなじみの顔が同じように行う政治は、飽きと同時に安心感を与えた。安倍総理が様々なスローガンもぶち上げたこともあり、なんとなく現状維持がなされているような感覚が日本を覆っていたのかもしれない。私たち有権者もそれを選んだのだろう。  しかし一方で、日本には様々な「国難」があった(ある)はずだ。国難だったはずの少子化も、三本の矢に数えられた地方創生も、この代わり映えのしないメンバーのもと、ほとんど議論は進まなかったように見える。為政者は奇妙なまでに固定化され現状維持の雰囲気が漂うが、一方で実質的には問題は解決されない。こうした状況に、政治が空洞化しているような印象を抱くのは私だけだろうか。

憲法の議論が空洞化する

〔PHOTO〕iStock

 少し文脈はずれるが、憲法や法律の運用を含めた、広い意味での「政治」が空洞化していると感じる瞬間はほかにもあった。たとえば、憲法である。第二次安倍内閣発足以降、総理は実に1216回も「憲法」という言葉を国会で発言しているが、そのほとんどは「(その議論については国会ではなく)憲法審査会で発言してくれ」というものだった。  憲法記念日自民党大会、あるいは読売新聞(熟読してくれ、という謎の発言すらあった)には長文で憲法改正を主張するにもかかわらず、国会で憲法改正への考え方を問われると、小馬鹿にしたような態度で「ぜひ憲法審査会で発言してくれ」と返す。そんな安倍総理の姿が、予算委員会では常態化していた。  安倍総理にとって、改憲は、総理大臣になったときからの悲願であると言われるが、この7年半で改憲は進んだのだろうか。  安倍総理の第一次政権においては、曲がりなりにも改憲議論は進んでいた。  「国の理想、形を物語るのは憲法です。現行の憲法は、日本が占領されている時代に制定され、既に六十年近くがたちました。新しい時代にふさわしい憲法のあり方についての議論が積極的に行われています。与野党において議論が深められ、方向性がしっかりと出てくることを願っております。まずは、日本国憲法の改正手続に関する法律案の早期成立を期待します」(165回国会 安倍内閣総理大臣 所信表明演説)  こう本会議で語った総理は、たった1年で国民投票法の制定や、教育基本法の改正など、いわゆる「保守的」と見られる政策をいくつも実現させていった。  しかし、史上最長であったはずの第二次政権は、実質的に憲法議論をほとんど進めることがなかった。国民投票法すら改正できなかった。ただ「改憲を進める」と主張するだけで、実質的にはむしろ、既存の憲法解釈を変える新規立法を行うなど、憲法の空洞化を進めていった。  前回の記事で述べたとおり、自民党改憲の本質は「とにかく変えること」である。しかし、安倍総理はじつのところ「変えること」すら真剣には実現しようとしなかった。  ほかにも「現状維持のための空洞化」が進んだ例はある。現状維持のため、結果的に安倍総理が進めることになったのが「立法府の空洞化」だ。何か問題が起きていれば、できるだけ国会に出ない。国会に出ても、重要なことは発言しない。自民党の人事や国会運営については「党のことは幹事長に任せている」「国会のことは国会でお決めになること」と発言し、徹底して発言を避けた。  公文書は隠し、情報は出さないか、改ざんする。情報を隠すと同時に、ひたすらに自分の主張を繰り返すことで、あたかも責任がないかのごとく振る舞った。冒頭にも述べたとおり、問題が起きている時には国会を開かないこともしばしばだった。国会を開かなければ、政策の成功と失敗を検証する必要もない。  代わりに、矢継ぎ早に新しいスローガンを繰り出した。問題が起こればとにかく口を閉ざし、防戦に努め、問題が鎮静化するのを待った。  国会を閉じさえすれば、支持率はいつでも回復し、誰もが、まさかこんなときにやらないだろう、というタイミングで「国難突破」など、適当に大義名分を作って解散を打った。  この勝ちパターンで、総理は幾度となく、危機を乗り越えてきた。

スローガンは「成果」を生んだか

 政治が空洞化したのは、安倍内閣の本質が、空洞であったからではないだろうか。黒田東彦日銀総裁岩田規久男前日銀副総裁には、おそらくビジョンがあったのだろう。それが正しいものであるか、間違ったものであるかは別にして。しかし、安倍総理自身に、経済再生へのビジョンがあったわけではなかった。それが露呈したのが、後半の数年間であった。  「アベノミクス」も「女性活躍」も「地方創生」も「一億総活躍」も「人づくり革命」も、一体何が実現したのだろう。地方は衰退し続け、政治分野で女性が活躍することもなく、デフレも脱却したのかしていないのかよくわからない状態のままだ。  安倍政権を支えたのは、スローガンと現状維持だった。そして、有権者は、スローガンを叫びながら、実際には何も変えない内閣を選んだ。  それは、危機のときに日本がたびたびとってきた手法だ。実際の数字には目をそむけ、ドラスティックな改革を避けることで、多くの支持者は安心した。つまりは、「ゆるやかな衰退」を我々は選んだのだ。変わることを「混乱」ととらえ、変わらないことを「安定」ととらえた我々有権者は、安倍政権を「安定した政権」と評価した。  社会は変わらないまま、我々は7年半だけ歳をとり、我々はようやく、FAXと残業でこの国が成り立っていることを、再認識した。

コロナは忖度してくれない

今年5月1日の東京〔PHOTO〕Gettyimages

 安倍総理にとって残念なことに、拙稿でも述べたとおりウイルスにスローガンは効かなかった。  日本は一度はコロナウイルスを封じ込めに成功したかに見えたが、その後再び感染は拡大し、マスク政策やGoToトラベルなど奇妙な場当たり的政策が繰り返された結果、感染は拡大した割に、経済へのダメージを抑えることも出来なかった。  現状維持すらできなくなったとき、初めて国民は「国会を閉じても」総理を支持しないことを選んだ。支持率は回復せず、不支持も高止まりしていた。勝ちパターンが崩れたのだ。  現状維持という夢から覚めた我々に残されたのは、変わらない政治家の顔ぶれと、IT化もほとんど進んでいない、すっかり古びて歪んでしまった社会システムだった。 コロナ対策としては、「お肉券」であったり、「布マスク」であったり、経済を回したいのか、感染を止めたいのかもわからない、場当たり的な政策が繰り返された。  コロナウイルスは、日本社会が諸外国に比べて、いかに老朽化し、古びていたかを再認識させるとともに、現実から逃げて、現状維持を選んできたツケを払わせる結果になった。  日本社会は、これから現実と向き合っていかなくてはいけない。時が止まったかのように同じ顔ぶれが努めていた内閣も変わり、政治状況は再び混沌とするだろう。  しかし、たとえどんなに厳しかったとしても、現実と向き合うことこそ、政治の役割ではないだろうか。都合が悪い物を隠す、議論をしない、検証をしない。このような手法を許してきた有権者も変わらなくてはいけない。  現実がどんなに厳しいものであったとしても、我々は虚構を生きることはできない。政治は虚構ではなく現実である。現実を変えるためには、記録と情報公開が必要だ。 7年半という長期に渡り、総理という激務をこなされたことには敬意を表するとともに、安倍政権下で充分に情報公開されてこなかった様々な問題に対する歴史的な検証がなされることを望みたい。https://news.yahoo.co.jp/articles/8c1802b6f0a6148fe5928f155ca9c4ab62bed6ee?page=1